京都のヨガ教室 アルジュナヨーガ研修会では主宰の渡辺昧比が佐保田鶴治先生に師事して学んだ『佐保田ヨーガ』をベースに、心身の癒しを深める指導を行っています。

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エッセイ
 
 
渡辺昧比

「季節のエッセイ」

アルジュナヨーガ研修会代表、
渡辺昧比の季節のエッセイをお届けします。

≪ヨーガの ち か ら≫

最近の動きを見ると、「もっと早く、もっと速く」「誰よりも先に」と、社会全体が苛立ち、ますますスピードアップしているように見える。このような社会に人々は危惧を感じながらも、個人としてはついていくのに精いっぱいと言うのが現状であろう。そこで今回は、私自身が提唱し続けている『生き方としてのヨーガ』を通して、人としての在り方を探ってみたいと思う。

P.ピカソ『ブーケ』P.ピカソ『ブーケ』
二つの手(二人)でブーケを持っている

10年以上前、アメリカ経由ではあるが、ヨーガブームが到来した。長年ヨーガを続けている私は「ヨーガの精神『ココロとカラダの統合』『精神的成長』の兆しか!」と喜んだが、一般書店ではダイエットのコーナーにヨーガ本が置かれることが多く、少なからず落胆した。しかし最近では、また新たなブームが起こりつつあるように見える。そこには心身の健康法をはじめとして、補助的治療法としてのヨーガ、更には禅や瞑想なども加わった新しい潮流がある。

その一つが《心の柔軟性》による『自由な発想』で『今までにないモノつくり』など、ビジネスに応用しようとする動きである。ここでは、従来の路線、『経営至上主義』をそのまま踏襲するのではなく、もちろんストイックな禅の修行でもなく、『個人の心身の健康、更には『意識の拡大』が企業のユニークな発展(健康)とリンクする』ことを目指しているようにも見える。

例えば、すでに亡くなったアップル社創業のスティーブ・ジョブズ氏が禅にはまっていたことはあまりに有名である。アップル社は、若くて柔軟な頭脳での発想かと思っていたら、瞑想による『意識の拡大』がその土壌にある。彼の影響か、特に昨今ではグーグルやフェイスブックなど、その発想には目を見張るものがある。心身を調えてストレスの緩和や客観的な見方を得るだけではなく、更に心の自由度を高め、「これまでにない商品開発やサービス」と、創造性を喚起することを試みる企業が出現してきた。

私自身の体験では、創造性と言うほどではないが、一見、ヨーガの精神とあまりにもかけ離れるようなオファーを頂いたことがある。某生命保険会社から「営業成績が上がるヨーガの指導をしてください」というオファーがあった。一瞬、「『心の働きの止滅を目指すヨーガ』で利益を上げる?」と戸惑ったが、「『ヨーガによって心身が健康になり、その結果、仕事にも積極的に向かい、営業成績にも良い影響を与える』ということならできます」と答えると、それで了解され、出向いたことがある。後に、受講者のアンケートで、「意欲が向上したか?」の問いに、「やや向上」と「かなり向上」の合計が8割を超えたと担当者から聞いた。

このような動きを見ると、やみくもに「前へ前へ」と走り抜けた時代から、いったん止まり「心静かなひとときを持って心身を調える」ことによって、より新たな世界を構築しようとする時代の兆しも感じられる。

問題は、いかにしてそれを可能にするかで、これについての課題は二点ある。
その一つは、内面を見ることを習慣化することである。いきなり、『意識の拡大』とか、『客観視』と言っても何をどうするかわからず、混乱するだけである。禅や独立した瞑想についてはそれぞれの専門書を紐解いていただくことにして、私たちが行っているヨーガ(世間からは『佐保田ヨーガ』と言われる)は、『動禅(動くメディテーション)』が特徴である。特にアーサナ(ヨーガの体操)をする際の四つの原則の一つが、「意識を集中する」である。この応用として私はヨーガの指導時に度々「体の変化を観察しましょう」と緩やかに促す。この体の変化の観察は比較的わかりやすく、体の客観視を段階をもって深めてゆくと、次第に客観視の対象を他に向けることが容易になる。現代はストレス社会と言われ、多くの人はストレス漬けの日々を送っているが、これが日常に及ぶと、日々の生活が楽になり、こころ楽しく、より自分らしい生き方への模索も可能となる。

最近の脳の研究では、この種の観察によって《内側前頭前皮質》や《内側側頭葉》《扁桃体》《海馬》などを結ぶネットワークが活性化することが分かった。ぼぉ〜っと何もしていない状態のとき、気付きが深まり、ひらめきと言うか、今までにない発想、創造性や独創性も可能となる。ノーベル賞受賞者レベルの科学者が、睡眠から覚めるひと時や、お茶やコーヒーを飲みながら何気なく外の景色を眺めている時、後にビッグな発見につながる発想を得ることはよく知られている。

卑近な例ではあるが、私自身も日常でこの種の「ふと思う」ことは少なからず体験する。ふと思って行動に移したことが、後で考えるとグッドタイミングだったことや、求めていたものに出会えたことも少なくない。

更にまた、この観察によって、感情の客観視も可能となることが解明された。感情の客観視とは、例えば、ワタシと怒りが同一化せず、「『私が怒っている』ことに気づく」ことを意味する。気づく以上、ワタシと怒りとの間には距離があるため、それほど無理なく怒りを中断・緩和することは可能であり、また、怒りを他の対処法に替えることも可能である。対処法は無限にある。多くの人は無意識に対処しているが、これを意識化して対処法を見直し、適切な対処法に替えることは心の健康にも有効である。もちろん、怒りも心の重要な働きである。必ずしもマイナスばかりではなく、それによって得るものも少なくない。問題は、怒りに無条件の降服して、自分を見失ったり、歪曲されてしまうことである。この見直しで怒りを続けることも選択肢としてありうる。

第二点については、これが最も重要であるが、エゴをどう見据えるかが問題である。「自分だけが良くなる」「自分たちだけが良くなる」という発想はやがて行き詰る。エゴがないと現実には生きられないが、必要以上の執着は、自分で自分の首を絞める結果になりがちである。一点目に書いた、感情の客観視も、エゴをどの程度に認識するかで、怒りの度合いなども変わり、それによって感情も変化するであろう。エゴを見据えた今の自分の位置づけ、将来への方向付けが重要と思われる。

ルーマニアの宗教学者、M.エリアーデが『自律性のヨーガ』と言ったように、ヨーガは基本的には自分の体・呼吸・心を使って、心の成長・霊的進化を目指すが、そのプロセスで自分を通して他者を感じる事も出来る。アーサナを通して、「自分の体が引っ張られて痛い感覚」は多少の差があれ、他の人とも共通の感覚と思えるし、終わった後の「体の安らぎや心がほっこりと温まる感じ」は他の人にも起こりうると容易に想像できよう。

すると、自分の中に共存の気持ちが自然に芽生え、この気持ちがエゴの独走に歯止めをかける。結果、ヨーガの実践は、個人の心身の健康に役立つばかりではなく、他者との緩やかな愛につながる関係を再構築し、社会の健全ないとなみにも寄与することができると考える。

2016年4月1日

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