~ヨーガは生き方のレッスン~ まいまい(昧舞)ブログ

アルジュナヨーガ研修会主宰 渡辺昧比のブログ
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佐保田鶴治先生の、心の響く言葉3

心田を耕す

ヨーガの一番の効果は、心が進化することです。
まず、心が落ち着いた状態≪和≫があらわれ、次いで、言いあらわすことのできない喜び≪楽≫、さらに進むと他人、人間以外のものに対しても優しい気持ち≪愛≫が起こります。
こういう土壌(心田)ができてはじめて、自分自身の中に立派な精神文化をつくることができるのです。

佐保田鶴治先生の言葉は、いつ聞いてもその時々の私の心に響くものがあった。
特にヨーガを始めた頃、頭でっかちだった私の内には、仏典・聖書・思想・文学などが乱雑に押し込まれ、時としてそのために身動きができないほどであった。

ヨーガを続けていくうちに、それまで考えもしなかった身体が、暗やみから明かるみへと光が射すように感じられるようになった。
筋肉の収縮や伸展に始まる意識の拡大が進むにつれ、身体の末端である指先・髪の毛1本まで感じられ、さらには自分の周囲の人、モノにさえも他者として区切れないほどの親しみを感じる。 
                             
実際、ヨーガを長時間行った後では、ベランダの青葉がいつに無くツヤツヤと輝いて見えたり、外へ出ると見知らす犬でさえも尾を振って近づくことがある。

このようなことは、カルチャーセンターなどでの指導の際にも、似たものがある。
人の日常生活は、外見からは落ち着いて見えても、本人にとってはストレスの重荷に耐えかねていることがある。
「場の空気は構成員全体で創る」という言葉があるが、ヨーガレッスンの始めは空気が強張っていることがある。もちろん、呼吸や動きなどは個人差があるが、全員が一緒にヨーガのポーズを行っていくと、空気がだんだん和らいでくる。
佐保田鶴治先生の4原則を守りながら行っていくうちに、体がリラックスし、呼吸も落ち着き、表情も和やかに、時に笑顔も浮かぶ。

このように土壌が耕された上に蒔かれたタネだけが、精神的文化という果実をつけることができるのだろう。
誤解されやすいことであるが、ヨーガによるリラクゼーションは、ただ、だらだらとした状態ではない。また、多くの人が心地よいという、居眠りのような夢うつつの状態でもない。もちろん、それまでの興奮した意識状態は弛緩へと向かうが、訳のわからない≪忘我≫ではなく、低い意識状態ではあるが覚醒した状態≪覚我≫である。

それ故に、様々な気づきがおこり、直観による智慧がはたらくようになる。
佐保田鶴治先生は、ヨーガを行うと、「仏典の意味がしみじみと体にしみこんでくる」といわれた。確かに、私も浅学ではあるが書物の内容を実感することがある。

立派な思想・素晴らしい人に出会っても、知識を頭の隅に置くだけではもったいない。自分の土壌にしっかり植え、水遣りを欠かさずに大切に育てたいと私は思う。それは何よりも自分を育て、また、周囲にも何かしらの好ましい影響を、微力ながらも与えることにもなるのではないかと、最近私は、ひそかに期待している。

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統合医療への道3

西洋から東洋へ、そしてヨーガへ

時代の風潮も伴い、西洋文化の素晴らしさにどっぷり浸っていた私は、やがて些細な(と見える)ことに行き詰まりを感じた。所詮、たった一人の人間、それも世間知らずの若い女性ができることには限界がある。しかし、その時は大きな歯車の中で押しつぶされそうな私がいた。
「なぜ?」「どうして私が?」と問いかけても答えは無い。

その時受講した、国際自然医会のスクーリングで講師から次の言葉を聴いた。
「躓くということは、心の目が曇っているからである。心の目が曇っていなければ、そこに石があってもまたぐなり、横へ行くなりして躓きはしない」

国際自然医学会とは、日本赤十字病院の勤務医だった森下敬一博士が立ち上げた会で、『浄血健康理論』をベースに、「治療・健康度をあげるには、血液の状態を良くすること」として様々な活動を展開していた。患者の血液を検査した結果、酸性度が高い患者は治りにくく、中性に近い患者は治りやすいことを臨床から気づいたのである。
私は、その一つの食を通して血液を浄化するアドバイスをする≪フード・コンサルタント≫の資格を得るためのスクーリングを受講してした。

新聞記者というハードな仕事で体調を崩したこの時期、自分を調整しながら、次の仕事を考えていこうと考えたのである。
スクーリングを通して、『病気が治る』ということは、外側からの治療と同時に、それを受け入れ、効果的にする内的状況もまた、同じように必要なことと感じた。先述の「心の目…」も眼からウロコの体験で、新たな世界が拡がる気配に、私はワクワクした。

≪フード・コンサルタント≫を取得した私は、この資格を生かすべく今で言う、就活を始めた。某デパートの自然食品売り場と人間医学社の編集員募集が、まもなく知人を通して連絡があった。
デパートの自然食品売り場は、当時、≪フー・コン≫の多くが目指した職場で、そこは給料がよく、リニューアルしたばかりで好感が持てた。もちろん、資格を十分生かすことができる。
一方、人間医学社とは、大阪大学医学部の片瀬淡教授が提唱した『酸塩基平衡学』をベースに、健康食品を製造販売、今で言う代替医療の研究家・実践家を呼んでの講演会『中庸会』や治療の場を提供、食の大切さや心のあり方の重要性を会長が説く健康相談、月間『人間医学』誌の発行など、様々な活動を行っていた。
当時は、初代会長、大浦孝秋が80歳代。矍鑠とした、明治人であった。正直、給料は(デパートに比べると)安く、休みも取りにくく、「わがままな私には窮屈かな」とも思ったが、最終的には面接での会長の、口うるさそうではあるが(失礼!!)人類愛に満ちた表情に、何となく「面白いかもしれない」と入社した。ちなみに、ここでは全寮制(私だけ高槻の自宅からの通い)の玄米菜食の食事つきであった。

ここでは、国際宗教超心理学会の本山博博士、断食を心身の浄化法にまで高めた甲田医院院長甲田光雄先生、大阪大学医学部教授で有害食品研究会や後の日本アーユルヴェーダ学会を立ち上げた丸山博教授、など私にとってはその後のあり方に多くの影響を与えてくれた、貴重な出会いの数々があった。
中でも、ヨーガの恩師、佐保田鶴治先生との出会いは、計り知れないものがある。

1974年5月、人間医学社の2階ホールで行われた【中庸会】のテーマは、鼎談「ヨガと健康」で、大浦秋会長を進行役に、日本ヨーガ禅道友会会長の佐保田鶴治先生と求道実行会(沖ヨガ道場)の沖正弘先生がヨガを通しての心身の健康観を存分に語った。

このとき私は、秘書として、会場の2階近辺や会長の書斎、編集室、講演後の食事のためのキッチンとの打ち合わせ、編集室などを駆け回る忙しさ。じっくり話を聞くことはできないが、講演内容は建物内どこにいても、スピーカーから声が流れて聞こえるようになっていた。
この時、私の耳に入ったのは、佐保田鶴治先生の「ヨーガをして、体が変わると、(少し沈黙があり)心も変わるんです」の一言だけであった。
「ヨーガをして、体がかわる」は、当然と思ったが、沈黙の後に来る言葉を待っていた。
「心も変わるんです」は、まったくの予想外であった。

当時私は、元気そうに見えても体力が無く、そこから来る劣等感に悩まされていた。心と体の健康が必要と、自分なりの健康体操を毎日欠かさなかったしまた、心の健康については座禅に行ったり、名僧を言われる僧侶の講演を聞いたり、哲学書を解らぬままに紐解いても見た。
しかし、ヨーガの体操で、体を動かして体が健康になるのは分かるが、それで心も変化するということがそのときはよく分からなかった。しかし、話の内容から嘘ではないと直感し、「これが本当ならすごい!」と思った。

この時、大変失礼ながら、沖正弘先生や大浦孝秋会長の話はまったく耳に入らなかった。ちなみに、その後の月刊誌への掲載原稿も、この件は入っていない。
これが、佐保田鶴治先生との、ヨーガとの、私にとってはビッグ・イベントであった。
その数年後、佐保田鶴治先生の門をたたくことになるが、まだこの時代、ヨーガは異端者扱いが濃厚であった。その中で、大浦孝秋会長の言葉、「君には心の分野の才能がある」は、持ち上げすぎではあるが、私にとって大きな励みとなった。

こうして、私はヨーガへの道を歩み始めた。

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佐保田鶴治先生の、心に響く言葉2

アルジュナヨーガ研修会5周年記念。佐保田鶴治先生講演

アルジュナヨーガ研修会5周年記念。佐保田鶴治先生講演

ヨーガを始めても仕事やプライベート、他の関わりなどでヨーガに時間を割けずに悩んだ時期があった。そのような時、佐保田鶴治先生のお話の中に、このような内容があった。

大阪から東京へ行くときに、西へ行っても良い

大阪から東京へ行く時、誰もが東へ行こうとする。これは正しいけれども、合理的

ではない。なぜなら、東へ真直ぐ行けば、いずれ山や海に出てしまう。山や海がある

と真直ぐいけないとは言えないが、行ける人は少ない。

それよりも道に沿い、ある時は北へ上り、また、ある時は南へ、時として西へ行くと

があっても、最終的に東京へ行くという信念・目標を持ち続けて歩むことが大切であ

る。

 

私たちが何かをしようとする時、周囲はそう都合よく運ばないことが多い。一人ひとりの生活があり、何よりも、自分を中心に世界が回っているわけではないからである。

このような時、私たちは、ついつい、周囲をうらんだり、環境を嘆いたり、更には挫折しそうになる。

しかし『挫折』は、その時は苦しいが、振り返ると「それがあったから、今の私がある」と思える何かがある。

このようなことが以前、あった。

 

ある挫折

新幹線を使えば、充分、往復できる駅近くのメンタルクリニックから、ヨーガ療法のオファーがあった。打ち合わせに出向き、お試しレッスンをして、院長と話し合い、曜日・時間・指導料・スタート時などを決めた。当然私は、移動時間をも含めた、その時間帯を空けて準備をした。しかし、スタートの直前、「保留にしたい」という電話が入り、話の内容に引っかかるものがあり、「保留というより、中止ですか?」と尋ねたら、「そうです」との返事。理由のないまま、☎1本のドタキャンだった。

 

「納得できない」と周囲に言ったら、「ヨーガ療法なら、この先生をご紹介しますよ」と当時、統合医療研究会を立ち上げた直後の某大学医学部の教授を紹介され、統合医療研究に『ヨーガ療法』で加わり、成果を上げることができた。この先生との出会いによって、その後、統合医療の中でのヨーガ療法への道が拡がりつつある。また、先生には、高齢の母の病気のことで、貴重なアドバイスをいただいた。

 

『挫折』には、多くの対処法がある。感情的になって、怒る方法もあるし、へこむ人もいる、また、社会的に力のある人に相手を説得してもらう方法もあるだろう。

しかし私は、基本的には、「これは何を意味するのかな?」「自分の道を曲げないで、また同時に、出来れば相手を傷つけずに、解決することはできないか?」と思うようになった。

感情的になることは、気持ちはわかるが、賢明とは言えない。へこむのは、自分を曲げるようで好まない。もちろん、人の力や知識、智慧を借りることもあるが、とりあえずは、自分でやってみたい、などの理由による。

 

信念・磁石をしっかりと

こうして自分なりの道を探していると、何かの方法が開けてくることが多い。

佐保田鶴治先生の言葉で言えば、『信念』『目標』を持ち続けていれば、大阪から東京へ行くときに、たとえ西へ行ったとしても、「東京へは行ける!」と確信する。

それは、私の言葉で言えば、『磁石』。『磁石』を錆びないようする。いつもきちんと方位を示せるように、磨いておくことである。

人生の道は、何時もいくつか用意されている。道の最初の辺りは、大きな違いがないように見える。しかし、次第に差は拡がり、大きな隔たりができる。

心の『磁石』をしっかり持ち、「東京へ行こう!」の思いを強く持っていれば、たとえ、一時的に西へ行ったとしても、東京へ行ける。

佐保田鶴治先生とヨーガの仲間たち

それどころか、一時的にしろ、西へ行ったために出会った人々、風景、出来事を糧に、自分を豊かにしながら歩いていけることは素晴らしい。

一見、無駄遣いに思えた時間やエネルギーが(当時は、ストレスに感じたものであるが)、本当に岐路に立ったり、大決断を余儀なくされた時、ピンチに立った時、その時間やエネルギーによって得たものが発酵し、大きな力になったり、思いがけない智慧を授けてくれた体験は少なくない。

ぶどう ワイン

生活即、ヨーガ

実は、佐保田鶴治先生のこの言葉は、私がある時期、仕事などの関連などで、「このような生活をしながら、果たしてヨーガができるのか?」と考え込んだ時期であったが、佐保田鶴治先生のこの言葉で、「『磁石』をしっかり持って、生活を含めた、今の自分の歩みで行けばいい」と思うと、急に気が楽になった。

 

生活とは、自分の根拠だから、そこを離れて自分はない。「生活から浮き上がるのではなく、生活に埋没するのでもなく、日々の生活の中で、ヨーガを続けることに意味がある」と、私は考えるようになった。しかしそのためには、『磁石磨き』は欠かせない。

 

大阪から東京へ行くのに、「東以外の方向へ行ってはいけない」というのでは、苦しくて現実的ではない。信念・磁石を持ち続けて、「北へ行ったり、南へ行ったり、時として西へ行ったりしながらいろいろな風景、人に出会いながら、東京へ行けばいい」という、佐保田鶴治先生のこの言葉は、いつの間にか、私の生き方のベースになっている。

もみじ

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佐保田鶴治先生の心に響く言葉1

アルジュナヨーガ研修会5周年記念。佐保田鶴治先生講演

アルジュナヨーガ研修会5周年記念。佐保田鶴治先生講演会

早いもので日本ヨーガ禅道友会の初代会長であり、アルジュナヨーガ研修会の顧問にもなっていただいた、佐保田鶴治先生に師事してから40年近く、先生が亡くなってから四半世紀もの年月が流れた。

佐保田鶴治先生からは多くのものを学んだが、ここでは先生の生きた言葉を紹介し、ヨーガの心を探ってみたいと思う。

先生の言葉の中で、最近一番強く思い浮かべるのが、以下である。

 

 

 

潜在意識(無意識)に影響を与えるヨーガ

ヨーガは、単なる体操ではありません。ヨーガには、壮大な哲学があります。

………

「腹を立てない」のではなく、自然に「腹が立たなくなります」

実は、これは考えている以上に、大きな問題です。

ヨーガを行っているうちに、潜在意識(無意識)が変化するのです。

このことによって、表面の心(意識)もきれいになり、境遇も変わります。

難しい病気に対する大きな力にもなります。

これが本当のヨーガの利益です。           『道友』26号より

意識は心の一部

私は20歳代後半からヨーガを始めたが、その数年前から心の仕組み(意識・無意識)に関心を持っていた。中でも、無意識へのアプローチは宗教的修行、特に過酷な修行を通してのみ可能になると考えていた。そのため、佐保鶴治先生のこの話を聞いたときは、正直「ヨーガの体操で本当に膨大な無意識を調えることができるのかな」と疑問に思った。

ユング派心理学者で京都大学名誉教授、後に文化庁長官になられた河合隼雄教授は、意識・無意識の割合は大まかに言って意識が1/7くらいといわれたと記憶している。他の先生の著書を読んでも、当時は同じだった。

最近、言われているのは、意識は5%程度という。

これは研究が進んで明確になったのか、あるいは、意識と無意識のボーダーラインが揺れて変化したのか、筆者には断言できないが、事件などで犯人が「何か知らないが、やってしまった」「そのとき、体の奥からの強い衝動に突き動かされた」などは、無意識からの発現と見ることができよう。無意識から上がるエネルギーは強力で、時には破壊的に働くこともある。もちろん、素晴らしい想像力を発揮する例も少なくない。

東洋の思想、【唯識】の視点に立つと、「無意識が調うと意識も調う」と考えることができる。これを進めると佐保田先生が言われるように境遇も変えるほどの影響を持つことになる。問題は、無意識を調えるための方法論である。佐保田先生の「本当のヨーガをすれば良い!」の解明は、長年、私の課題であった。

無意識を調える

合掌

合掌

「継続は力なり」というが、いつの間にか、私なりにこの課題の解決に向かっていたことに気づいた。

ヨーガの後、自修のときも指導のときも、終わったとの静謐な雰囲気が私は大好きである。そのためにヨーガをするといっても過言ではない。ある人は、「その時の空気がおいしい」と言い、「透き通った空気は貴重だ」といった人もいる。

佐保田鶴治先生の提唱された【ヨーガ禅】の具体的な形の一つがここにある。

ヨーガのアーサナ(体操)は、単なる体操ではなく、動くメディテーション(瞑想)である。具体的には、4つの原則、特に『意識を集中』を深めると、日常でまとわり着いたさまざまな雑念・ストレス、それから来る感情的な葛藤などが、結果として自然に枯葉が朽ちるように落ちていく。無理にとろうとして、逆にさらにべったりとくっつけたり、あるいは他の部分をも千切りとってしまうような無茶な方法ではなく、自然に無理なく気がついたら落ちていたという感じを持つことがある。これは、更に続けることによって、心の深い領域からの安定感につながるように筆者は思う。

無意識からあがるもの

表現としては静けさ・安心感・ゆったり感・肯定感・ひたひたと来る嬉しさや楽しさなど。

私だけではなく、受講生の方も感じることで部屋の雰囲気はすっかり変わる。

このことは意識だけではなく、無意識(といってもまだまだ意識に近い、浅い領域と思うが)も調いつつあると考えられる。なぜなら、これらの実感は客観的理由がないことなどで推測される。

一般に言われるように、外側から与えられる喜び、有形・無形のものをもらう(これも拒否はしないが)のではなく、今、ただ、ここにこうしていることが楽しい。ただそこにいる家族や友人がいとおしいという気持ちが、心の奥からひたひたと押し寄せてくる。自分や他者に対する原点での無条件の肯定も、ここにはある。

これらの心の変化は、意識だけで作り上げた世界では成り立たず、無意識からの調整が不可欠である。

このような状況が起こると、「類似の法則」に沿って人格の変容が起こり、境遇が変わったり、それまでは考えられなかった対処法、力を発揮することがある。

残念ながら、私の場合は、この状態を持続させることは難しいが、それは、私が「ヨーガの道半ばにいる」ということであろう。

然し道半ばとしても、多くの人がヨーガを行じ、たとえひと時でも心の平安を持つことができたら、この世はもっと住みやすくなるだろうと、おどろおどろしいニュースを聞くたびに、改めてそう思う。