~ヨーガは生き方のレッスン~ まいまい(昧舞)ブログ

アルジュナヨーガ研修会主宰 渡辺昧比のブログ
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Voice 受講生の声④

2012年10月19日 Posted in 受講生の声

アサリナ、花言葉『飾らぬ愛』
アサリナ、花言葉『飾らぬ愛』

ヨーガに助けられました!

M,F2年8か月

「ヨーガをしていてよかった!」としみじみ実感したことがあります。
私は週に一度のヨーガ教室を、仕事等が忙しく2ヶ月間お休みしたことがあります。
ある朝、目覚めると気分がすぐれません。部屋がぐるぐる回っているのです。最初は気のせいかと思いましたが、立つこともできず、横たわって目を閉じても、ぐるぐる回っているのを体が感じます。目を開けると壁や天井が回ってるのが視界に飛び込み、気分が悪くなるのでこわくて開けられません。更に動悸もしてきました。
だんだん「どうして?」「脳の病気?」「このまま治らないのでは」と不安にかられていきました。

どうやらめまいの様ですが、初めての事でしたので、どうしたら治まるのか判らずあせるばかりです。いろいろ試したところ座禅を組んで目を閉じていると幾分ましでした。そし教えていただいた呼吸法(註スーリヤ・ベーダン)を試みました。

すると、めまいが治まりだし体も気分もすーーーっと楽になったのです。ほんとに不思議な体験でした。ヨーガをしていてよかった!と思いました。

ヨーガに出会っていなければ呼吸法もまた知らぬままでしたから。
こんな体験からヨーガの有難さを感じ、三日坊主の私も続けられています。
多忙な時こそ続けることが大切ですね。週に一度でも・・・

 

註:効果には個人差があります(渡辺昧比)

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統合医療への道④

2012年10月12日 Posted in 統合医療への道

藤田正直先生の眼差し「がんを愛する…」

鹿児島寿蔵『合掌童女』

鹿児島寿蔵『合掌童女』

人間医学社時代に忘れてはいけない想い出があった。藤田正直先生との想い出である。

叔母が乳がんになった。当時の乳がん宣告は、患者や家族のとっては死の宣告であった。
手術後の体力低下を見かねて、私は東京在住の叔母と、人間医学社の大浦孝秋会長の紹介状を持って藤田正直先生を訪ねる打ち合わせをした。私は著書の『ガン治療に残された道』や『ガンの治療を見なおせ』を読み、すがる思いで新幹線に乗った。著書の表紙には、ガン治療に残された道 ガン研究一途にうち込んだ著者が成果を問う画期的健康増進療法!と、書かれていた。

藤田先生は小柄で痩せていて、誠実に対応してくれた。話の詳細は忘れたが、丁寧に説明された後、私は何故か(今思い出しても冷や汗がでるが)「ガンを愛する」と口走ってしまった。全く、若気の至りを超えた、愚かな発言である。

そんな私に藤田先生は静かに「あなたはガンを愛せるのですか?僕はまだ愛せないな…」と一言言われた。先生は怒るのでもなく、哀しみとある種寂しそうな、しかしこの病に対して凛として向かおうとする眼差しを前方に向けた。

私はこの時、自分の傲慢さを恥じた。

帰阪後、人間医学社大浦会長に報告すると、会長は「藤田先生は偉い人だ…」と沈黙した。私は改めて大浦会長を尊敬し、秘書として仕事ができる幸せを満喫した。

さて、論理の飛躍と言われるのを覚悟で、現在の私が僭越にも藤田先生の心境を推測させていただくとしたら、「ガンに合掌するこころ」であろうか。それは、「いのちに合掌するこころ」でもある。

この「こころ」は、膨大な世界に拡がりつつある統合医療の、一分野≪ヨーガ療法≫にかかわっている微力な私の、掛け替えのないバックボーンになっている。

 

参考文献 藤田正直著 『ガン治療に残された道』 日本文芸社, 1971.10

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Voice③

2012年10月4日 Posted in 受講生の声
凛とした静寂に惹かれて

.S(ヨーガ歴1年)

体調がスッキリせず、元気になるために何かをしたいと求めていた時に、この教室に出会いました。

ヨーガは小学校から大学院まで

ヨーガは小学校から大学院まで

最初はこの歳(60歳を過ぎて)から、「全く初めてで大丈夫か?」と不安や戸惑いもありましたが、先生のお言葉に導かれながら、ゆっくり、無理なく、自分のペースでさせていただけ、少しずつですが確実に心も体もやわらかく、優しくなっている気がします。

 

また、教室の凛とした静寂、しかし、ゆったりとした空気も、とても

気に入っています。できるだけ続けたいと思っています。
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Voice 受講生の声②

2012年9月30日 Posted in 受講生の声

経験したことのない、リラックス感

のぞみ

合掌
ヨーガを始めた渡辺昧比

渡辺先生のレッスンに通ってちょうど2年半になります。先生のヨーガにたどり着けて本当によかったと思っています。

TV放送、市民講座、市販のソフトなど色々試しましたが、長続きしませんでした。でも「ヨーガを学びたい」という思いを持ち続けていたところ、渡辺先生を紹介してくださる方がありました。

先生のホームページを拝見して、その深い内容に「ついていけるかな」と少し気後れしました。しかし、実際レッスンを受講すると、初回からかつて経験したことのないリラックス感に包まれました。そしてこの感覚をもっと体に染み込ませたいと思いました。

気が付いたらほとんど休まずレッスンに通っていました。どんなに仕事で疲れていても、レッスンに行けば必ず深いリラクセーションが得られると分かっているから、休む気になれません。

先生のおだやかな声、季節による体調変化にこまやか配慮されたプログラム、アーサナの合間の短いお話に、今も引き込まれ続けています。長く受講されている方が比較的多いのもうなずけます。

これまでに私が感じた変化としては、まず身体面では呼吸が深くなり、肩こりや腰痛がずい分軽減されたことが挙げられます。精神面では、感情の起伏が穏やかになり、物事へのこだわりが少なくなりました。心身ともに健康感が増したと実感しています。不調に傾きがちな時でも、自然に自分の内部と対話して、対処法を見出そうとするようになりました。

いま40歳代の私は、今後一層大きな心身の変化の波も経験する事でしょう。でも「私にはヨーガがある。ヨーガを続ければ、心身のバランスを取りながら年齢を重ねていける」という確信のようなものがあります。

この時期にヨーガとよき先生に巡りあえていて、本当に良かったと心から思っています。

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Voice 受講生の声①

2012年9月23日 Posted in 受講生の声

渡辺昧比

このブログでは、毎週レッスンに来られている方、出張指導を受けられた方々の、生の体験・感想をご紹介いたします。

体のすみずみと対話

K,S ヨーガ歴2年8ヶ月
ヨーガを始めてみて、こんなにゆったり丁寧にポーズをとることに驚きました。 そして、それがとても気持良く、体が喜んでいるようです。

深い呼吸をすること、力を抜くことがむずかしく、それでも毎回心掛けていると、ほんの少しずつですが無理なく深くポーズが出来てきたように思われます。

いろいろなポーズを通して、顧みることのなかった体のすみずみと会話することもでき、私の中でヨーガがどんな存在になって行くのか、楽しみに続けて行きたいと思っています。

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統合医療への道 4

ヨーガを始める

1974年5月人間医学社勤務時代、月1回の講演会≪中庸会≫で大浦孝秋会長を進行係に、『日本ヨーガ禅道友会(日本ヨーガアシラム)』を立ち上げたばかりの佐保田鶴治会長(大阪大学名誉教授)と『求道実行会(沖ヨガ道場)』会長の沖正弘会長が「ヨガと健康」をテーマに、ヨーガを通しての心身の健康観を存分に語った。

福田平八郎、漣(さざなみ)(大阪近代美術館所蔵)

左から大浦孝秋会長、大浦夫人、佐保田鶴治先生、沖正弘先生
この会場には、佐保田鶴治先生に同行した石田祐雄先生はもちろん、教師仲間では、尊敬し大好きだった故山田文子先生、面倒見のよい中山孝子先生、特に『ヨーガ入門』新装版の編集に関わった時には、何でも相談した松岡善雄先生(現、日本ヨーガ禅道院・教導)たちがそれぞれ別の場所にいたことが後に分かった。ここに心理学で言う、『布置』を感じるのは、私の思い込みであろうか?

『布置』constellationとは、元来、占星術において星の配置の意味を持つが、直接関連の無いことも、何かの関連が得るというふうに全体性を見るとして、特にユング派の精神分析で重要視される。この会場に来ていた、一見別々の他人数人が、後日、ヨーガアシラムの礎となる第0期、第1期教師の主要メンバーとして集うことになる。

話があらぬ方へ行ったが、この講演会の中で、仕事をしながら私の耳に入ったのは、「ヨーガをしてカラダが変わると、……(少し沈黙)ココロも変わるんです」の一言(これについては、ブログ別記【佐保田鶴治先生の、心に響く言葉】4参照)だけであった。

こうして私はヨーガを始めようと決意したが、人間医学社では、日本ヨーガアシラムが開かれる土日はイベントが多く、会長秘書の私にはとても休めるような状況ではなく、「ヨーガを始められない」悩みに悶々としていた。

そんなある日、会長の書斎で資料整理をしていた私に会長は突然、「君には心の分野の才能がある」と言った。当時の私は、内面的には西洋から東洋への道のりを歩き始めていたが、まだまだ外見はキャピキャピの現代っ子であった。また、妙なテレで、内面の変化を見せないそぶりもしていた。
そんな中で大浦会長の一言は、「何も言わなくても、私の内面を見守ってくれる人がいる」と嬉しいショックで、「ただの頑固爺さんではなかった(失礼!!)、信念のある立派な人だ」と心がほくほくと深く耕され、深いところからの安心感と喜びで満ちていった。

その頃、『宗教と超心理学会』の会長、本山博博士を中心とした講演と瞑想の会が、人間医学社の2階ホールで行われていた。大浦会長は、「心の世界はまやかしが多いから、正しい道を歩むように」と言い、本山先生の瞑想を強く勧めた。私は、当分、佐保田先生へ師事することはできそうも無いと思い、本山先生に瞑想の師事をうけた。

本山先生は、見るからに温厚かつ深く熟慮をたたえた人物で、初めての瞑想では、私の周りを本山先生たちが囲み、この世のものとは思えないような至福感を味わった。30分の瞑想も、初心者には長く感じられるのが常であるが、私には、あっという間で終わったのが惜しいほどであった。

この後、喜び勇んで瞑想を続けようとしたが、まもなく、瞑想を続けることができないようになった。瞑想時に印を組むと、指にトラブルがおこるようになった。決して力を入れているのではない。後に友人で『宗教と超心理学会』講師の岩崎正春先生、現在はサイコシンセサス(統合心理学)学会副会長(HPあり)に聞いたら、「ちょっと離せばよかった」と言われたが、当時は思いつかず、瞑想する→指にトラブルが起こるので止める⇒心の安定がほしいので瞑想する→指のトラブル を繰り返し、瞑想の会が京都市内へ移転したこともあって、会から離れてしまった。

「瞑想は素晴らしいが、今の私には、今のままの身体と向き合うことが必要」と思ったからである。私は新聞社勤務、人間医学社(編集部→会長秘書)勤務を経て、フリーランスのライターとなった。時間的にも余裕ができたので、「やっと、佐保田鶴治先生へ師事することができる」と、日本ヨーガアシラムの門を叩くことにした。

 

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佐保田鶴治先生の、心に響く言葉 5

ヨーガは、何かするかではなく、如何にするかですよ。

当時ヨーガ初心者の私には、不遜にもピンとこない言葉の一つであった。
当時は、40歳代のパワフルな番場一雄先生方と様々なアーサナ(ヨーガの体操)に取り組むのが面白かったからである。「これができた」「あれももうじきできそうだ」と新たなチャレンジにわくわくしていた。

しかし、佐保田先生の「如何にするかが大切」は、「結局は4原則(①ゆっくり②呼吸と動作を合わせる③意識を集中④リラックス)を守ること」と思い、難しいポーズはもちろん、シンプルなポーズも(シンプルなポーズこそ)丁寧に行うように心掛けた。

すると、心の深い部分から安心感が現れ始めた。その背景には、以下が考えられる。
若さの特権といえばそれまでだが、やみくもに動き回るのではなく、また、感情的に対処もせずに、そのもののごとそのものを、その言葉そのものを、自分の中で増減せず、感情の色もできるだけつけずに受け止めてみようと思うようになった。「これは、他の角度から見てもこう見えるだろうか?」「これも色メガネで見ていないだろうか?」心理学者のピアジェや唯識を出すまでもなく、そのもの、そのことはそれだけのままで存在していることを見直す必要があると、自然に考えられるようになったのである。
これはその後の私にとって、貴重な財産となった。

話は変わるが、私はAll AboutサイトQ&Aの回答者の一人でもある。
先日も、ヨーガのあるポーズがダンスと似ているので効果も同じかと聞かれた。

ダンスはよくわからないが、ヨーガとスポーツは全く違う。良い悪いの問題ではない。大きな違いとしては、スポーツは体力を消耗し、また、筋肉を鍛える。まさに体レベルの何物でもない。しかしヨーガは筋肉トレーニングはある程度可能だが、それ以上に、心を深く、豊かに耕すことができる。できる、と書いたのは「仕方による」からである。
また、スポーツのエネルギーの消費に対して、ヨーガはエネルギーが満ちて元気が出る。

ヨーガがブームになって久しいが、ここがわからない人が多く、指導者の中にもヨーガの本質を理解していない人が少なくない。

ヨーガのバイブル、『ヨーガ・スートラ』の最初に、「ヨーガとは心の働きを止滅させることである」とあるように、心の変化をもたらさないものは、ヨーガではない。

ここでよく質問される。「ヨーガの体操はゆっくりした体操じゃないですか?」私たちは、ヨーガのアーサナを動くメディテーション(瞑想)として行う。
瞑想は非常に素晴らしいものだが、座って行うことは一般には難しい。それより、体に集中しながら行う、ヨーガのアーサナは多くの人にとって、入りやすい道である。
効果も得やすい。

このようなやり方(世間では『佐保田ヨーガ』といわれる)は、人々に心身の健康をもたらし、やがてそれは社会に健康にも役立ってくれると、大変な時代を痛感する現在、私は確信している。

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佐保田鶴治先生の、心に響く言葉4

ヨーガをしてカラダが変わると、(沈黙)ココロも変わる

この言葉を、初めて佐保田鶴治先生から聞いた時のカルチャーショックは、大きい。

「何故?」「体のことが、心とどうつながるの?」「でも、それが本当ならすごい!」
この一言で私はヨーガに関心を深め、数年後、佐保田先生に師事した。

ヨーガアシラム(京都・桃山)では当時(1970~1980年頃)、佐保田先生はアーサナの実技指導もされていた。呼吸がとても長く説明も長いので、当時、呼吸が浅くて速い私は息が苦しく、紅潮し、息絶え絶えであった。後でこっそり教えてくれたのは、優しい故山田文子先生であった。「無理に一呼吸でしなくても、いいのよ」救われた思いで、アーサナに励んだ。

その頃、人見知りの激しい私は、知らない人ばかりの内では、どう振舞って良いかわからず、自然にその場を去ることが多かったが、なぜか、ヨーガアシラムでは親切な先輩やおせっかいなほど面倒見のよい同期の人たちが数人いて、食事やお茶に誘ってくれたりして何かと気を使ってもらい、何とか直ぐにやめずにすんだ。

数年してこの場に慣れた頃、何故か来なくなった人たちもいる。本当にありがたかったと、今でも、思う。そういう人たちとは、定期的に会うことは無いが、精神世界のワークなどで会うこともある。感謝の気持ちでいっぱいだが、相手は、「そうかなぁ」とあっさりしている。不思議な気がする。

さて、ヨーガアシラムでは、毎回講義や実技指導の後、佐保田に何かと質問する人が多いが、私はこの言葉「ヨーガをしてカラダが変わると、(沈黙)ココロも変わる」の意味を聞こうとは思わなかった。

私にとっては、カルチャーショックのビッグな言葉なので、大事に抱きしめて味わいながら解いてみようと思ったからである。「ヨーガは理屈ではない」と言う人もいるが、分からないことを自分なりに解くことによって、更にヨーガを深めていくことはできると思う。
結果、現在ではいくつかの説明ができるようになった。

その1.
アーサナを行った後、体が柔らかく緩むと、心も和らぐ。ストレス社会と言われて久しいが、大きなストレスがあれば体は緊張し、心も強張る。このようなときでも、丁寧にヨーガをすれば体の緊張が和らぎ、心の緊張も解ける。
この変化が更に積まれると、一時的な気持ちの変化からやがては人格の変容へと進むと思われる。

その2.
『ルビンの盃』など、ゲシュタルト心理学でも説明できる。『ルビンの盃』では、中央に集中すると見えるのは『盃』のみで、両側に集中すると見えるのは『女性の横顔』で他は背景として消える。
これを応用すると、悩み事などがある場合、ついついそのことばかりを考えてしまうが、堂々巡りで埒が明かず、終には感情的になることもあろう。しかし、例えば、体の一部に集中しながらアーサナをすると、心にある悩みが一時的にしろ背景として消える。

このようなことを繰り返すうちに、私は、「悩みは、その時は大変ではあるが、自分を成長させてくれる大切な応用問題」と思えるようになった。

悩みの解決法は無限にある。力のある人に助けてもらう方法もあるし、逃げ出す方法もある、しかしご縁がありヨーガを続けているのだから、ヨーガ的解決法を探り、実践したいと思う。するとその時は、決して楽では無いが、後で振り返ると今の自分があり、あれだけ苦しんだ悩みにも親しみさえ感じる。

そのような道を、ヨーガを通して、佐保田鶴治先生の言葉を手がかりに、それまで学んだことや身に着けたものを使って解決する応用問題として、これからも歩みたいと思う。

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佐保田鶴治先生の、心の響く言葉3

心田を耕す

ヨーガの一番の効果は、心が進化することです。
まず、心が落ち着いた状態≪和≫があらわれ、次いで、言いあらわすことのできない喜び≪楽≫、さらに進むと他人、人間以外のものに対しても優しい気持ち≪愛≫が起こります。
こういう土壌(心田)ができてはじめて、自分自身の中に立派な精神文化をつくることができるのです。

佐保田鶴治先生の言葉は、いつ聞いてもその時々の私の心に響くものがあった。
特にヨーガを始めた頃、頭でっかちだった私の内には、仏典・聖書・思想・文学などが乱雑に押し込まれ、時としてそのために身動きができないほどであった。

ヨーガを続けていくうちに、それまで考えもしなかった身体が、暗やみから明かるみへと光が射すように感じられるようになった。
筋肉の収縮や伸展に始まる意識の拡大が進むにつれ、身体の末端である指先・髪の毛1本まで感じられ、さらには自分の周囲の人、モノにさえも他者として区切れないほどの親しみを感じる。 
                             
実際、ヨーガを長時間行った後では、ベランダの青葉がいつに無くツヤツヤと輝いて見えたり、外へ出ると見知らす犬でさえも尾を振って近づくことがある。

このようなことは、カルチャーセンターなどでの指導の際にも、似たものがある。
人の日常生活は、外見からは落ち着いて見えても、本人にとってはストレスの重荷に耐えかねていることがある。
「場の空気は構成員全体で創る」という言葉があるが、ヨーガレッスンの始めは空気が強張っていることがある。もちろん、呼吸や動きなどは個人差があるが、全員が一緒にヨーガのポーズを行っていくと、空気がだんだん和らいでくる。
佐保田鶴治先生の4原則を守りながら行っていくうちに、体がリラックスし、呼吸も落ち着き、表情も和やかに、時に笑顔も浮かぶ。

このように土壌が耕された上に蒔かれたタネだけが、精神的文化という果実をつけることができるのだろう。
誤解されやすいことであるが、ヨーガによるリラクゼーションは、ただ、だらだらとした状態ではない。また、多くの人が心地よいという、居眠りのような夢うつつの状態でもない。もちろん、それまでの興奮した意識状態は弛緩へと向かうが、訳のわからない≪忘我≫ではなく、低い意識状態ではあるが覚醒した状態≪覚我≫である。

それ故に、様々な気づきがおこり、直観による智慧がはたらくようになる。
佐保田鶴治先生は、ヨーガを行うと、「仏典の意味がしみじみと体にしみこんでくる」といわれた。確かに、私も浅学ではあるが書物の内容を実感することがある。

立派な思想・素晴らしい人に出会っても、知識を頭の隅に置くだけではもったいない。自分の土壌にしっかり植え、水遣りを欠かさずに大切に育てたいと私は思う。それは何よりも自分を育て、また、周囲にも何かしらの好ましい影響を、微力ながらも与えることにもなるのではないかと、最近私は、ひそかに期待している。

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統合医療への道3

西洋から東洋へ、そしてヨーガへ

時代の風潮も伴い、西洋文化の素晴らしさにどっぷり浸っていた私は、やがて些細な(と見える)ことに行き詰まりを感じた。所詮、たった一人の人間、それも世間知らずの若い女性ができることには限界がある。しかし、その時は大きな歯車の中で押しつぶされそうな私がいた。
「なぜ?」「どうして私が?」と問いかけても答えは無い。

その時受講した、国際自然医会のスクーリングで講師から次の言葉を聴いた。
「躓くということは、心の目が曇っているからである。心の目が曇っていなければ、そこに石があってもまたぐなり、横へ行くなりして躓きはしない」

国際自然医学会とは、日本赤十字病院の勤務医だった森下敬一博士が立ち上げた会で、『浄血健康理論』をベースに、「治療・健康度をあげるには、血液の状態を良くすること」として様々な活動を展開していた。患者の血液を検査した結果、酸性度が高い患者は治りにくく、中性に近い患者は治りやすいことを臨床から気づいたのである。
私は、その一つの食を通して血液を浄化するアドバイスをする≪フード・コンサルタント≫の資格を得るためのスクーリングを受講してした。

新聞記者というハードな仕事で体調を崩したこの時期、自分を調整しながら、次の仕事を考えていこうと考えたのである。
スクーリングを通して、『病気が治る』ということは、外側からの治療と同時に、それを受け入れ、効果的にする内的状況もまた、同じように必要なことと感じた。先述の「心の目…」も眼からウロコの体験で、新たな世界が拡がる気配に、私はワクワクした。

≪フード・コンサルタント≫を取得した私は、この資格を生かすべく今で言う、就活を始めた。某デパートの自然食品売り場と人間医学社の編集員募集が、まもなく知人を通して連絡があった。
デパートの自然食品売り場は、当時、≪フー・コン≫の多くが目指した職場で、そこは給料がよく、リニューアルしたばかりで好感が持てた。もちろん、資格を十分生かすことができる。
一方、人間医学社とは、大阪大学医学部の片瀬淡教授が提唱した『酸塩基平衡学』をベースに、健康食品を製造販売、今で言う代替医療の研究家・実践家を呼んでの講演会『中庸会』や治療の場を提供、食の大切さや心のあり方の重要性を会長が説く健康相談、月間『人間医学』誌の発行など、様々な活動を行っていた。
当時は、初代会長、大浦孝秋が80歳代。矍鑠とした、明治人であった。正直、給料は(デパートに比べると)安く、休みも取りにくく、「わがままな私には窮屈かな」とも思ったが、最終的には面接での会長の、口うるさそうではあるが(失礼!!)人類愛に満ちた表情に、何となく「面白いかもしれない」と入社した。ちなみに、ここでは全寮制(私だけ高槻の自宅からの通い)の玄米菜食の食事つきであった。

ここでは、国際宗教超心理学会の本山博博士、断食を心身の浄化法にまで高めた甲田医院院長甲田光雄先生、大阪大学医学部教授で有害食品研究会や後の日本アーユルヴェーダ学会を立ち上げた丸山博教授、など私にとってはその後のあり方に多くの影響を与えてくれた、貴重な出会いの数々があった。
中でも、ヨーガの恩師、佐保田鶴治先生との出会いは、計り知れないものがある。

1974年5月、人間医学社の2階ホールで行われた【中庸会】のテーマは、鼎談「ヨガと健康」で、大浦秋会長を進行役に、日本ヨーガ禅道友会会長の佐保田鶴治先生と求道実行会(沖ヨガ道場)の沖正弘先生がヨガを通しての心身の健康観を存分に語った。

このとき私は、秘書として、会場の2階近辺や会長の書斎、編集室、講演後の食事のためのキッチンとの打ち合わせ、編集室などを駆け回る忙しさ。じっくり話を聞くことはできないが、講演内容は建物内どこにいても、スピーカーから声が流れて聞こえるようになっていた。
この時、私の耳に入ったのは、佐保田鶴治先生の「ヨーガをして、体が変わると、(少し沈黙があり)心も変わるんです」の一言だけであった。
「ヨーガをして、体がかわる」は、当然と思ったが、沈黙の後に来る言葉を待っていた。
「心も変わるんです」は、まったくの予想外であった。

当時私は、元気そうに見えても体力が無く、そこから来る劣等感に悩まされていた。心と体の健康が必要と、自分なりの健康体操を毎日欠かさなかったしまた、心の健康については座禅に行ったり、名僧を言われる僧侶の講演を聞いたり、哲学書を解らぬままに紐解いても見た。
しかし、ヨーガの体操で、体を動かして体が健康になるのは分かるが、それで心も変化するということがそのときはよく分からなかった。しかし、話の内容から嘘ではないと直感し、「これが本当ならすごい!」と思った。

この時、大変失礼ながら、沖正弘先生や大浦孝秋会長の話はまったく耳に入らなかった。ちなみに、その後の月刊誌への掲載原稿も、この件は入っていない。
これが、佐保田鶴治先生との、ヨーガとの、私にとってはビッグ・イベントであった。
その数年後、佐保田鶴治先生の門をたたくことになるが、まだこの時代、ヨーガは異端者扱いが濃厚であった。その中で、大浦孝秋会長の言葉、「君には心の分野の才能がある」は、持ち上げすぎではあるが、私にとって大きな励みとなった。

こうして、私はヨーガへの道を歩み始めた。

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